アメリカ企業に入ってみた~でもそこはコスタリカだった!~

海外生活は本当にバラ色なのか!?真実を追究するという面目で日々堕落中!

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コラム ~人間丸くなれと言うが・・・~

                        『人間丸くなれと言うが・・・』

日本でのサラリーマン時代、よく上司から『丸くなれ』と言われたものです。普通に解釈すると『丸くなれ』とは『粗い角を削って大人になれ』という意味ですが、生意気にも小生は予てからこの意見には反対、というか全く違う解釈をしてきました。角を落とし続けて丸くなる、確かに素晴らしい意見ですが荒波に淘汰されながら削られ出来ていく『丸』に魅力が残るのかという疑問があります。そもそも削られるべく四角(過去の経験など)自体が小さいまま社会に飛び込んでしまった場合、削られてできる丸は更に小さくなっていってしまいます。削る場所がまずいと長所を削ることになってしまいかねます。これは日本の文化ともなってしまった自殺問題にも少なからず関係するのではないでしょうか。自分を色々な角度から削られ、これ以上どう削ってよいのかわからないのに更に自分は他者と違うことを突きつけられる。想像を絶する苦痛であることは安易に想像できます。今、自分のおかれている環境を想像してください。そして自分の長所を剥ぎ取って5年前にさかのぼってみてください。今の仕事がありますか?今の仲間がいますか?パートナーはそのあなたを選んでくれていますか? 別に小生は自殺を擁護するわけでも理解を示すわけでもありません。しかし上記の想像をしたとき自分はどれだけ強い自分でいられるのかわかりません。
さて大きく本題とずれてしまったので話を戻しましょう。ここからが小生の意見です。小生の意見は決して『ありのままの自分でいなさい』など100%の自己容認ではありません。まず必要の無い部分はやはり削るべきでしょう。その作業で残った塊をここでは核と表現します。その残った核に対して足りないものや更に強固にしていくものをペタペタと貼り付けてできるだけ丸に近い形にしていくのです。初めの『削る』という作業は客観的に自分を見つめ直し、自主的に意識してする必要があります。そして次は円を大きくする『貼る』作業。このために必要なパテはもとの自分には備わっていません。だから貼るのです。それは自分のことをしっかりと見てくれる他者が運んできてくれます。つまり対人関係なしにパテは得られません。より大きな円に近づける為にはそれだけ多くの、そして多様な相手が必要になってきます。こうして試行錯誤してできていく丸は当然凸凹だらけです。しかしこうしてできる丸は『時間と共にただ削られてできた綺麗な丸』とはまるで比べ物にならない質を持っています。
幸いにも小生の生活環境には社会的成功を収めた方々が沢山いらっしゃいます。彼等のもっている円はとてつもなく巨大で、私には凹凸を発見するどころかその輪郭すら見えません。よく『成功者にはオーラがある』と言われます。そのオーラとはここで話してきた“もとは小さな円”がとてつもなく大きくなり最終的に本人を包み込んでしまった状態なのでは、と彼らを見て感じることがあります。
社会的な成功の有無に関わらず、この考え方を続ければオーラをまとえると小生は信じています。それには威厳や言動だけで自分を大きく見せないよう気をつけなければなりません。最終的に社会的成功がついてきたら言うことありませんね。


“人間丸くなれと言うが・・・”

あなたの丸はどちらに進んでいますか?

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  1. 2008/03/25(火) 15:48:34|
  2. 偉そうにコラム
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